ヒーリングとは何か? フーマンとアジズの回答

 
ヒーリングは「私」を超えて起きる

ヒーリングとは何か? 
これはヒーリングにたずさわるものにとっては常に直面する大きな「謎」です。

セッション(施術)というかたちでボディワーク、エナジーワークをを始めるようになって以来、セションをするたびにヒーリングという現象に驚かされてきました。常にこちらが予測、期待していることを超えて私にとっては不思議としか言いようのないヒーリングが起きてきます。
毎回セッションを終えた後は、「どうして?」「すごい!」「誰が、何があんなすばらしいヒーリングを起こしているんだ?」の連続です。どう考えても、実際にセッションで起きているヒーリングは、私には到底できないことです。どうしてヒーリングが起こるのかその仕組みを知っているわけではないし、そもそもヒーリングとは何であるのかさえ知らないのです。私を超えたところで、正確に言えば「私の考え」を超えたところで何かが働いているのです。

まだセッションを始めて間もない時、次のようなことがありました、
その頃は、セッションの内容について、クライアントの状態からみていちばん効果的なセッションはどのようにすればいいかと前の日から考えて組み立てていました。
しかし、実際にセッションが始まると、ほとんどの場合、苦労して考えた組立通りにはいきません。その人が抱えているブロック(身体や生命エネルギーの詰まり)の本当の原因が見えてきて、それが考えたものとは違っていたり、またこちらが理解するまもなく、手が勝手に動いて効果的なリリースを行ったり、といった具合に常に私の頭で考えることを超えたところでセッションが進行していきます。
そんなセッションを繰り返しているうちに、ある時衝撃的なことを経験しました。セッションの途中で意図しない前世ヒーリングが突然始まったのです。

セッションテーブル(施術台)の上に横たわるクライアントの顔がみるみる変わり、全く別人の顔になっていきます。そして違う人の声で叫びながら、苦しみをリリースし始めたのです。本物のヒーリングが起きていることは直感できました。私はただリリースが終わるのを待つ他、何もできませんでした。
その時気づかされました。それまでのセッションは、私という枠組みの中で、私の頭で理解できる範囲の中でコントロールしていたのです。それがこのセッションで木っ端微塵に打ち砕かれました。本当のヒーリングは「私」を超えたところで起こるのです。

それ以来、セッションは大きく変わりました。より深く、より効果の大きなヒーリングが起きるようになったのです。中には奇跡としか言えないようなことも起きるようになりました。
しかし、私の中には大きなクェッションマークが残りました。
私は一体何をやっているのだろう?ヒーリングとは何なんだろう?私にとって、この「ヒーリングとは何か?」という謎解きは、「私は誰か?」という疑問と同じように深いものです。そして、結局、最終的には「私は誰か?」へ到達する「私の道」のようにも思えるのでした。



アジズの「一刀両断」回答
  伊豆の海に祈るアジズ

この謎にはっきりと答えを出してくれそうな人が現れました。
アジズ・クリストフ。
少年時代に神秘体験をして以来、真実を探求し続け、日本の禅寺やインドで修行した後、若くしてエンライト(悟りをひらいた)したスピリチュアルティーチャーです。
2000年に日本の探求者たちに教えるために来日したときに、彼にセッションをする機会がありました。見た目はちょっとシャイな好青年といった趣ですが、そのボディ、エナジーのきれいさに驚かされました。
この人は普通の人ではない!それ以来、年に2回定期的に来日してリトリート(日常から離れて自己を探求するワークショップ)をひらいていますが、私もリトリートの参加者にセッションををするようになりました。
そのときのことです。ひとつのリトリートが終わったあと、私の胸深くにある例の謎を尋ねるチャンスがありました。
彼は元ポーランドのチェスのチャンピオンだったというだけあって、その頭脳の優秀さには目を見張るものがあります。リトリートに参加する探求者たちのスピリチュアルな質問や、哲学的な難解な質問に対して、いつも明晰なするどい回答でバッサバッサと切り返しています。その知性の切れ味は日本刀のような美しさで、聞いていて小気味よく感じられるものです。
また彼は非常に誠実な人で、スピリチュアルなことだけでなく、ごく日常的なたとえばインドでのいいホテルの探し方とか、頭の毛をどのように剃ればいいかといったような、お茶を飲みながらの話題でも、懇切丁寧に彼の癖である頭を掻きながら一生懸命に答えてくれます。
そんな人ですから、私が抱えている疑問にも、鋭い真実の光を与えてくれるはずです。

その時は正式な質疑応答の場ではなく、食堂でお茶を飲みながらの話の中でした。アジズがリトリートでの私のセッションについて尋ね、私がすばらしいヒーリングがたくさん起きたと答えているうちに、例の質問が、私の口から意図せずに滑り出ました。
「ところで、ヒーリングとは一体何ですか?」
アジズはいつもそうするように、目をつぶり、どこかと繋がって、答えを引き寄せているようでした。私は期待しました。アジズは質疑応答のときなどで、いつもそうやってガイダンスから答えをチャネリングします。私は待ちました。もうすぐ、永い間探求してきた謎がついに解き明かされるのです。

アジズはゆっくりと目を開けて、口元をゆるめ、いたずらっぽく笑って答えました。
「ミステリー!」
たった一言、それだけです。
アジズらしい感心させられるような明晰な答えを期待していた私はものの見事に裏切られました。しかし、その答えを聞いた瞬間に何かうれしくなってしまいました。
なぜうれしかったかのかうまく説明するのが難しいのですが、そのたった一言の中に何か真実を直感したからだと思います。ヒーリングという神秘を言葉で現すとしたら、このひとことがギリギリなのかもしれません。
その時の私は、なんだか剣の達人に切られて、それがあまりにも見事だったために、痛みも感じないで、その技のすばらしさに感心しているといったところでしょうか。
納得できる答えでしたが、謎は謎のまま残りました。

フーマン(左)とアジズ


フーマンの「エソテリック」回答

その翌年の春、この謎に答えてくれそうな人がもうひとり現れました。
フーマン・エマミ。
あのアジズが著書の中で、この人からヒーリングとエナジーについて教わったと書いてあるほどの人です。やはり彼も若くしてエンライトしています。名前からして、なにか暖かみを感じさせますが、実際に会ってみると、そのボディからも、そのエナジーからも、とてつもなく大きなハートを感じさせる人です。禅マスターといった感じのアジズとは対照的に、エソテリック(秘儀)マスターあるいはグレート・シャーマンといった雰囲気があります。こんな人ならば「ヒーリングとは何か?」について、もう少し具体的に謎解きをしてくれるのではと私は期待しました。
アジズの場合と同じように、フーマンのリトリートにも私はヒーリングワークのため参加しました。その年の春のおよそ2ヶ月にわたる数回のリトリートの間は、様々なことが起こりましたが、直接ヒーリングについてフーマン尋ねるような機会はありませんでした。
しかし、すべてが終わった次の日、私が使っていたセッションルームを片づけているとフーマンがふらりと部屋に訪ねてきました。そして、リトリートでのヒーリングを手伝ったことなどのお礼を言ってくれたり、次はハワイで会おうといった話をしているうちに、アジズの時と同じように、唐突に私の口から例の質問が滑り出していました。
「教えてください。ヒーリングとは何ですか?」
フーマンは包み込むような大きなハートのエナジーを乱すことなくにこやかに答えました。それは質問に対する答えではなく、「オーケー、それでは明日の朝9時にホールで会おう」というものでした。その場で簡単に答えてくれるのかと思いきや、日をあらためてなにやら本格的にやってくれそうな感じです。なんだか申し訳ないような気になりました。そのときまた頭の中で声がしました。
『うっ、やられた!』
言葉は悪いですが、エンライトした人のそばにいたことのある人ならば、この奇妙な感覚がわかるのではないでしょうか。こちらが頭で対応していても、悟っている人はこちらのもっと深いところを見通していて、それに合わせてくれるようなところがあります。
そのため、なにかうまくはめられたような気がしますが、実はそれが本当はこちらが望んでいたことなのです。

ふらりとセッションルームにやってきたのも、そしてヒーリングのことを話したのも、最後に私に例の質問をさせるためだったような気がしてしまうのです。2ヶ月間一緒にいるあいだに、すでに私の胸の奥深くにあるこの質問に気がついていたのではないでしょうか。フーマンはそんなことができる人のようです。

さて次の朝、約束の時間に行くとフーマンも時間通りに現れました。そして大きなホールの真ん中に二人で向かい合わせに座って、例の質問に答えてくれました。それは言葉ではなく、次のような形で示されたのです。
アジズとフーマンのワークになじみのない人は特別な用語が分かりにくいかも知れませんが、ことばは重要ではないので、雰囲気で感じてください。また、私の拙い記憶力と英会話力のため正確に再現されたものではありません。
私の過去生でのヒーリングワークなどを教えてくれたあと、フーマンは正座して私の目を見ながら、ゆったりとした口調で言いました。
「カタール、それでは目を閉じて、プレゼンスに集中して」プレゼンスとは、自分自身に気づいている、その気づきの中心のことです。
「イエス」私はそのとおりにしました。
少し間をおいて、「そのままの状態でゆっくりと目をあけて」と、フーマン。
ゆっくりと目を開けると、世界は一変しています。濃密な光といえばその時の感じに近いでしょうか。そしていつもより数倍強力なプレゼンスの中にいます。エンライトした人の臨在のすごさです。
「カタール、今プレゼンスはどこにある?」
私は自分自身の強烈なプレゼンスに圧倒されて、とてもゆっくりとしか答えられませんでした。「頭の中と頭のまわり・・・それに、ハートにもある」
「オーケー」
そして、しばらくすると、フーマンがまた聞きます。
「プレゼンスは今どうなっている?」
プレゼンスは体全体を包み込むように拡がっていました。私は英語で答えるのがもどかしくて、両手で体のまわりを示して、それを伝えました。
「オーケー。それではセンターはどこにある?」
今度は、右手で拳を握って頭の横から腰までをたどって、身体の中心にある線を示しました。
「オーケー」
その時は気がつきませんでしたが、後になって、おやっと思ったことがあります。それまでは私は無意識のうちにプレゼンスとセンターは同じだと思っていたのです。プレゼンスにいる状態がセラピーやボディワークでいうセンタリングの感覚を呼び起こさせてくれるからでした。しかし、それはまったく違ったものだったのです。それはこの後のフーマンとのやりとりではっきりします。

すべてはひとつ・・・

「カタール、また目を閉じて」
さてこれからが本番だよという感じがフーマンの口調からつたわってきます。目を閉じると先ほどよりも居心地のいいスペースに入っていきました。プレゼンスとゆらめく白い光が意識の中にあり、ほとんどマインドは動きません。どのくらい時間がたったのかわかりませんが、フーマンの声が聞こえてきました。
「今、プレゼンスはどこにある? 内側か外側か?」
えっ?私はプレゼンスがどこにあるか分からなくなって混乱しました。そしてすぐに気がつきました。プレゼンスはしかっりあるのです。ただ、内側と外側という境界がなくなっているのです。プレゼンスが拡がっていたのです。
私はやっとの思いで答えました。「両方」
「コレクト!」フーマンは間髪おかずにきっぱりと答えました。「それではセンターはどこにある?」
おお!なんと、これまた驚いたことに、どこにもセンターがありません。今度は探しても見つからないのでこう答えました。
「ノー、センター」
「コレクト!」
センターがどこかに消えてしまい、自と他を分けていた境界もなくなってしまったのに、それでも私はそこにいたのです。
一体どうやればこんなことができるのでしょうか。エナジーレベルで誘導しているのでしょうか。フーマンは私の意識状態を自由に引っ張り上げることができるようです。
さらにフーマンはすごい状態に導いていきます。
「また目を開けて」
体の存在が遠くにあるような感じで目を開けるのにも少し努力が必要でした。
「うおっ!」
とは声にならない叫びとともに、目を開けると、別人のような顔になったフーマンが目の前にいて、その存在感に圧倒されました。真っ赤な目を大きく見開いて、まったく瞬きもしないでこちらを見ています。目そのものが赤くなっているのではなく、目から強力な赤い光を放っているのです。今思い返すと、バリ島でやっているラーマーヤナの舞踏劇の登場人物のような極端なメイクアップをした表情に似ているような印象です。
「カタール、私の目を見て」
言われるまでもなく、私はフーマンの目に吸い込まれるように目が離せなくなっていました。強烈なエナジーが伝わってきます。
全身に溢れかえらせているエナジーのせいでしょうか、かすかに顔が揺れているように見えました。ますます目が大きくなっていきます。
「カタール、私のプレゼンスが分かるか?」
「イ、イエス」
フーマンのプレゼンスの一部が膨らむように伸びてきて、私のプレゼンスの中に入ってきているのがはっきりと分かります。そして次第に、エナジーに溢れていながら、静かで、暖かい、ことばにすればそういった感じのフーマンの「状態」になっていきます。フーマンが感じられるというのではなく、私がフーマンになっていくといったほうが近い状態です。それが次第次第に強くなっていきます。そして、私はその中に溶けていきました。
「今、私のプレゼンスとカタールのプレゼンスはどうなっている?」
私はこの状態をどう表現すればいいのか言葉を探しましたが、こう言う他ありませんでした。
「ひとつ・・・」
「オーケー、カタール、これがワンネスだ」
「ハハー」実際には英語でイエスと答えていますが、日本語にすると、ハハー恐れ入りましたといった感じで答えていました。
ワンネスとはすべての存在がひとつになる状態です。アジズによると魂の個人的なエナジーシステムが、ユニバーサル(宇宙的)エナジーに溶けることで、存在とハートの統合、絶対状況と聖なるものの統合によってそれが顕現するということです。言葉にするとわかりにくくなりますが、そういうことだそうです。

フーマンの声が再び聞こえてきます。すべてがひとつになるこの状態のもうひとつの呼び方をこう教えてくれました。
「そして・・・、これが愛だ。これが真実の愛だ」
「ハハー」
まったく恐れ入りました。こんなすごいことができる人がいるとは・・・、私の質問に対してこんなすごいかたちで答えをくれるとは・・・。
わずか20分ほどのことでしたが、私の深いところで「これだっ!」という確信、何かとても重要なことを伝えられたという確信のようなものが、「腑に落ちる」ということば通りの何か私の中心にズドンと響くものがありました。しかし、それが一体何であるのか、頭で理解するには少し時間がかかったのでした。

ワンネス、そしてユニバーサル・エナジー

このワンネスの意識状態、そしてフーマンのプレゼンスの中にいる状態は、その後も瞑想するといつでも入っていけるようになりました。つまり私は瞑想の中でいつでもフーマンになれたのです。誤解を招きそうな表現ですが、あの状態はそういう言い方がいちばん近いように思えます。しかし、1ヶ月くらいはおもしろくて、よくフーマン状態になっていましたが、その後はやらなくなりました。今ではもう、やっていないので何とも言えませんが、そういう状態には入れないような気がします。やはり、自分でいるほうがラクで居心地がよいのです。
ただ、そういった瞑想の中で、わたしは重要なことに気がつかされました。その気づきは強烈な一撃となって全身を突き抜けました。
あのワンネスの意識状態は、私がセッションの中でいつも経験しているものだということに気がついたのです。
私のセッションは多くの場合、後半にスティルポイントという手技を使って、クライアントを深いリラクゼーションへと誘導します。この時いつも、私は意識せずに、自然にあのワンネスの状態に入っていました。
フーマンが臨在していると、少し味わいが違っているので、最初は気がつきませんでしたが、本質的にはまさに同じ意識の状態です。私は知らないまま、セッションでのこの意識状態のこと「セッションモード」と自分で名付けていました。

そうです、ワンネスこそヒーリングを起こす源泉だったのです。この理解が生まれたとき私は目の前が開けるような感じがしました。セッションで体験しているいろんな不思議なことが解明できるような気がしました。敏感なクライアントから「セッションの途中でカタールがいなくなった」とよく言われますが、その時私はワンネスの中に溶けていたのです。
またセッションの中で、私のでもなく、クライアントのエナジーでもない第3のエナジーを感じることがよくあります。その時はよく分からなかったので、そのエナジーを内なる医者とかニューエイジ風にハイヤーセルフと名付けたり、あるいはオショー(インドの神秘家)と呼んでいました。クライアントの中にもそのエナジーを感じ取る人が結構いて、その体験を大いなる者、キリスト、イシスあるいはオショーといったその人なりの表現しています。

このエナジーこそが、アジズがいうユニバーサルエナジーということになります。そうすればすべてが納得できます。ヒーリングのプロセスというのはその人の本来の姿に戻っていく過程であるならば、いつかはすべての存在の根源であるひとつの源にたどり着くことになります。実際にセッションでも、その状態の時に大きなヒーリングが起きています。
「へへー、恐れ入りました」と、あらためてどこか深いところから、声にならない叫びがあがってきました。
と同時に「これは本物だ」という直感がやってきました。
ヒーリングとは何か? という質問に対して、フーマンはガイダンスや知識、概念といったもので答えずに、ただ私の中にあるものに気づかせてくれただけです。
これほど信頼させられる教えられかたは他にはありません。
結局、フーマンの「答え」によって私は何も足されず何も引かれずに元の「私」のままです。そして、ヒーリングとは何かという謎がすべて解明できたわけではありません。謎はやはり謎として残っています。むしろ前よりも謎は大きく、宇宙的な深みと広がりを持つものとなりました。
しかしこのワンネスの気づきの衝撃は大きく、ボディ、マインド、エナジーが深いレベルでバランスの再構築をはじめました。そのため、1ヶ月ほどは身体を動かすのも、考えることも難儀するような状態が続きました。深いレベルでの私自身のヒーリングが起きたのです。そして、その後のセッションもさらに深いレベルに入るようになってきました。

ヒーリングとは何か?その答えは、私にとって、アジズが言うようにいまだミステリーです。しかし、以前はこのミステリーの暗闇を手探りで歩いていましたが、これからは「ワンネス」というランプの明かりがあります。
この明かりによって今後、どのようなヒーリングのミステリーワールドが見えてくるのでしょうか?
楽しみでもあり、また厳粛な気持ちにさせられるものでもあります。

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